« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »

2006年3月25日 (土)

花咲けば、老木はことに

 もうすぐ桜が満開となる。桜の花は気分を高揚させる。それにしても、桜の木の寿命は短い。短すぎるといえる。そして、老木の木肌はあまりにもいたいたしい。
 満開の老木をみると、いつも下記の西行の歌を思い出す。
    花咲けば、老木はことに、あわれなり
      今幾たびの、春にあうべき
桜の老木のいたいたしさがよく表現されていると思います。なお、老木は西行自身でもある。上記の歌はかなり以前に覚えたもので、少し間違っているかもしれません。私の記憶では、老木は「ろうぼく」と読む。正確さをきすために、幾つかの図書を調べてみたのですが、この歌に出会うことができませんでした。その代わりに類似している西行の歌に出会いました(以下の2首は正確です)。
    わきて見む、老木(おいぎ)は花も、あわれなり
      今いくたびか、春にあふべき
 もちろん西行のみた桜と私たちのみる桜とは違う。西行のみた桜の老木は、私たちがみている桜の老木の木肌のようにいたいたしかったのだろうか。私は、勝手に西行がみた老木もいたいたしかったであろうと信じています。
 西行といえば、以下の歌も書いておかなければならない。
    願はくは、花のしたにて、春死なん
      そのきさらぎの、望月の頃

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月19日 (日)

靖国問題とポスト小泉2

 今や靖国問題がポスト小泉を決定する鍵となりつつある。より正確にいうならば、中国や韓国の首脳との間で友好的な外交関係を結べるかどうか――そのためには靖国を参拝しない――ということが、ポスト小泉の鍵となりつつある。以下、1月6日の当ブログの続きとして、この点を述べてみたい。
 正常な感覚にある国民なら誰でもが現在の日中間と日韓間の首脳関係が異常であると判断するであろう。その原因の一端は相手国首脳が負うべきことだとは思うが、小泉総理の責任の方がより重いであろう。
 それにもかかわらず、頑固な総理は靖国参拝をやめないであろう。問題は、総理が残りの任期内(9月以前)に靖国参拝を実行するかどうかである。これを実行すれば、次期総理はほぼ限定されるであろう。この点については、前回のブログを参照してください。
 総理が任期内に靖国参拝を実行しない場合はどうなるであろうか。その時は、上記の日中間と日韓間の外交の異常状態にどれだけ政界や経済界などが許容できるかによる。
 小泉総理は直球しか投げられない投手である。その直球も、連投のせいか、速度が遅くなっている。面白いことに韓国大統領も直球しか投げられないようである。中国の首脳の2人は直球の他に変化球やビーンボール(故意に打者の頭をねらって投げる球)さえ投げる。わが国の次期総理として、小泉氏のように直球しか投げられない投手でよいのであろうか。国民としてみれば、直球の他に変化球も投げられる投手に交代することを望むであろう。はたして安倍さんは変化球が投げられるであろうか。
 民主党の渡部恒三さんは、かなり遅い直球をみせ球として、味のある変化球(あれはカーブ?)を多投している。この変化球をみていると、政治家、あるいは外交家に必要な資質とは何かと思い至る人も多いのではないであろうか。ポスト小泉の皆さんも渡部投手の変化球を勉強してください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月10日 (金)

靖国問題と心の問題

 これまで何回か述べた靖国問題(例えば1月6日など)の続きです。小泉総理は、彼の靖国参拝は心の問題であるから他者、特に外国からの干渉は不快だと述べている。ここでは、リルケのいう「眼の仕事」と「心の仕事」を用いて、総理の靖国問題を考えてみる。
 先頃の独立運動「3・1運動」記念式典で、韓国大統領は小泉総理の靖国参拝を再度批判した。大統領は『周辺国に疑われる恐れのある行動は自制すべきだ』と述べるとともに、総理のいう「心の問題」に対しても『国家指導者の言葉と行動は自らの釈明ではなく、人類普遍の良心と歴史の経験に照らして適当かどうか評価されるべきだと」批判した。(以上朝日新聞と日本経済新聞による。) 韓国大統領は、さらにわが国の憲法改正にも言及した。
 韓国大統領の発言のうち、後者はとんでもない内政干渉であり、前者は一理ある。ここでは、この大統領の発言とからめて、靖国問題を考えてみる。
 「眼の仕事」とは、本人からも外部の人からも見える仕事をさす。それゆえに、この仕事を外部の人は直接的に観察できる。「心の仕事」とは、見えることを超える、あるいは心の中に斟酌して行う仕事である。この仕事では、見えるもの・見える事象などの属性を超えてなされる。それゆえに、「心の仕事」の真意は外から分からないことが多い。
 外交とは、基本的には価値観や宗教などの異なる国・人たちとの交渉であるから、「眼の仕事」が重要視される。外交には、以心伝心などは期待しない方が良い。韓国大統領の発言は小泉総理の靖国参拝を「眼の仕事」として捉えているのである。端的に言えば、外交は「眼の仕事」にかかわることの小さな合意の積み重ねが大事なのである。この合意の積み重ねは、正義論のロールズのいう「重なりあう合意」でもある(ロールズの場合、空間的な重なり合い、あるいは最大公約数的な重なり合いを想定しているようであるが、ここでは時間的な重なり合いをさしている)。 そうであれば、やはり小泉総理の靖国参拝は他国との関係を考えれば問題がある。総理は、靖国参拝で合意を得る努力をしていない。なお韓国大統領のいう「人類普遍の・・・」は、価値観や宗教などが人々の間で異なるのであるから、「眼の仕事」の段階に留まらなければならない。
 小泉総理は彼の靖国参拝を心の問題と主張しているが、その背後には靖国参拝を「心の仕事」と捉えているようである。前述したように外交では、「眼の仕事」が重要視され、「心の仕事」はその真意が理解されないということを総理は肝に銘ずべきではないだろうか。中国や韓国では、彼の靖国参拝の外形的事実しか見ていないのである。
 内政で小泉総理に求められているのは「心の仕事」である。例えば年金・医療保険などの分野では、弱者の心の痛みなどを推し量り、「心の仕事」を重視すべではないだろうか。

補記:リルケの詩の一部は次の通りです。
    もはや眼の仕事はなされた
    いまや心の仕事をするがいい
      リルケ『転向』(富士川英郎訳)
この解釈は次の書を参考としています。辻邦生『バラの沈黙―リルケ論の試み―』2000年、筑摩書房。
 また『転向』には、カスナーの言葉
    「誠実から偉大への道は犠牲を通っていく」
が、冒頭に付記されている。リルケの場合、「犠牲」は「心の仕事」をさす。それゆえに、上記は次のようになる。
    誠実から偉大への道は心の仕事を通っていく
これらについては塚越敏監修『リルケ全集、第4巻』1991年、河出書房新社による。
 小泉さん。偉大な総理への道は厳しいのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月 3日 (金)

きんつば

 食べ物の「きんつば」は場所によって異なるようである。
 先日ある新聞で、食品で高名な小泉武夫東農大教授が子供の頃に今川焼きを「きんつば」と呼んでいたと書いていた。その記述を読んでいてうれしくなってきた。というのは、私の子供の頃の故郷でも、同じように呼んでいたからである。
 ただし、故郷のきんつばは今川焼き、あるいは大判焼きよりも一回り小ぶりで、しかも皮をパリパリに焼いたものであった。形は丸く(正しくは円柱)て、金色をし、表面は固かった。それゆえに、金の鍔(つば)のようであった。これは、大判焼きのように、できたての熱いものがおいしい。
 故郷、新潟市では、私の子供の頃にきんつばブームみたいなものがあった。その後、急速にそのブームは収束した。今でも、子供の頃のきんつばが製造・販売されているかどうかは不明である。
 成人して故郷を離れて関東のある都市で働いていた折に、何かの拍子に私は『・・・きんつばのようなもの』と同僚たちにいったことがある。その際、同僚たちは一様に怪訝な顔をしていた。その時、私は同僚たちがきんつばを知らないのだと合点した。それから何年か後に、東京のデパートの地下売場で東京のきんつばなるものを見た。それは、私の故郷のものとぜんぜん違う代物であった。その出会いは、私にはカルチャーショックのようなものであった。故郷の言葉が通じないという実感を持ったのである。
 東京で出会ったきんつばは形は四角(正しくは立方体)で、白く(正しくは白い薄皮)、表面はそんなに硬くなかった。中にあんこが入っているところだけが故郷のものと同じであった。しかし、東京のものは冷たくなっており、それを食べる。このきんつばには、「ほかほか」、「アツアツ」、「パリパリ」などの言葉は似合わない。
 小泉教授の記事を契機に、きんつばを調べてみた。
 インターネットの楽天市場の全国の銘菓に登場しているきんつばは東京のものとほとんど同じである。中に栗が入っている栗きんつばもあるが。大判焼きや、私の故郷のようなものはないようである。宅急便では、アツアツのものが食べられない。
 岩波書店『広辞苑』にはきんつばの説明として「水でこねた小麦粉を薄く延ばし、あずきあんを包み刀のつばのように丸く平たくし、・・・。今は、四角にきったあんを、・・・」とある。
 世界大百科事典(日立デジタル平凡社)には、昔のいろいろのきんつばが紹介されている。丸いものも、四角(方形)のものもあった。その中で、江戸から明治まで有名だった「土手の金鍔」は円形で・・・とある。この辞典では、大判焼き(今川焼き)はきんつばにヒントを得て考案されたとある。
 小泉教授や私の記憶から、何年か前まで、丸い大判焼きのようなきんつばが幾つかの地域で製造・販売されていたことは事実である。ひょっとしたら、このきんつばは今は製造・販売されていないのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »