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2006年3月10日 (金)

靖国問題と心の問題

 これまで何回か述べた靖国問題(例えば1月6日など)の続きです。小泉総理は、彼の靖国参拝は心の問題であるから他者、特に外国からの干渉は不快だと述べている。ここでは、リルケのいう「眼の仕事」と「心の仕事」を用いて、総理の靖国問題を考えてみる。
 先頃の独立運動「3・1運動」記念式典で、韓国大統領は小泉総理の靖国参拝を再度批判した。大統領は『周辺国に疑われる恐れのある行動は自制すべきだ』と述べるとともに、総理のいう「心の問題」に対しても『国家指導者の言葉と行動は自らの釈明ではなく、人類普遍の良心と歴史の経験に照らして適当かどうか評価されるべきだと」批判した。(以上朝日新聞と日本経済新聞による。) 韓国大統領は、さらにわが国の憲法改正にも言及した。
 韓国大統領の発言のうち、後者はとんでもない内政干渉であり、前者は一理ある。ここでは、この大統領の発言とからめて、靖国問題を考えてみる。
 「眼の仕事」とは、本人からも外部の人からも見える仕事をさす。それゆえに、この仕事を外部の人は直接的に観察できる。「心の仕事」とは、見えることを超える、あるいは心の中に斟酌して行う仕事である。この仕事では、見えるもの・見える事象などの属性を超えてなされる。それゆえに、「心の仕事」の真意は外から分からないことが多い。
 外交とは、基本的には価値観や宗教などの異なる国・人たちとの交渉であるから、「眼の仕事」が重要視される。外交には、以心伝心などは期待しない方が良い。韓国大統領の発言は小泉総理の靖国参拝を「眼の仕事」として捉えているのである。端的に言えば、外交は「眼の仕事」にかかわることの小さな合意の積み重ねが大事なのである。この合意の積み重ねは、正義論のロールズのいう「重なりあう合意」でもある(ロールズの場合、空間的な重なり合い、あるいは最大公約数的な重なり合いを想定しているようであるが、ここでは時間的な重なり合いをさしている)。 そうであれば、やはり小泉総理の靖国参拝は他国との関係を考えれば問題がある。総理は、靖国参拝で合意を得る努力をしていない。なお韓国大統領のいう「人類普遍の・・・」は、価値観や宗教などが人々の間で異なるのであるから、「眼の仕事」の段階に留まらなければならない。
 小泉総理は彼の靖国参拝を心の問題と主張しているが、その背後には靖国参拝を「心の仕事」と捉えているようである。前述したように外交では、「眼の仕事」が重要視され、「心の仕事」はその真意が理解されないということを総理は肝に銘ずべきではないだろうか。中国や韓国では、彼の靖国参拝の外形的事実しか見ていないのである。
 内政で小泉総理に求められているのは「心の仕事」である。例えば年金・医療保険などの分野では、弱者の心の痛みなどを推し量り、「心の仕事」を重視すべではないだろうか。

補記:リルケの詩の一部は次の通りです。
    もはや眼の仕事はなされた
    いまや心の仕事をするがいい
      リルケ『転向』(富士川英郎訳)
この解釈は次の書を参考としています。辻邦生『バラの沈黙―リルケ論の試み―』2000年、筑摩書房。
 また『転向』には、カスナーの言葉
    「誠実から偉大への道は犠牲を通っていく」
が、冒頭に付記されている。リルケの場合、「犠牲」は「心の仕事」をさす。それゆえに、上記は次のようになる。
    誠実から偉大への道は心の仕事を通っていく
これらについては塚越敏監修『リルケ全集、第4巻』1991年、河出書房新社による。
 小泉さん。偉大な総理への道は厳しいのです。

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