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2006年3月 3日 (金)

きんつば

 食べ物の「きんつば」は場所によって異なるようである。
 先日ある新聞で、食品で高名な小泉武夫東農大教授が子供の頃に今川焼きを「きんつば」と呼んでいたと書いていた。その記述を読んでいてうれしくなってきた。というのは、私の子供の頃の故郷でも、同じように呼んでいたからである。
 ただし、故郷のきんつばは今川焼き、あるいは大判焼きよりも一回り小ぶりで、しかも皮をパリパリに焼いたものであった。形は丸く(正しくは円柱)て、金色をし、表面は固かった。それゆえに、金の鍔(つば)のようであった。これは、大判焼きのように、できたての熱いものがおいしい。
 故郷、新潟市では、私の子供の頃にきんつばブームみたいなものがあった。その後、急速にそのブームは収束した。今でも、子供の頃のきんつばが製造・販売されているかどうかは不明である。
 成人して故郷を離れて関東のある都市で働いていた折に、何かの拍子に私は『・・・きんつばのようなもの』と同僚たちにいったことがある。その際、同僚たちは一様に怪訝な顔をしていた。その時、私は同僚たちがきんつばを知らないのだと合点した。それから何年か後に、東京のデパートの地下売場で東京のきんつばなるものを見た。それは、私の故郷のものとぜんぜん違う代物であった。その出会いは、私にはカルチャーショックのようなものであった。故郷の言葉が通じないという実感を持ったのである。
 東京で出会ったきんつばは形は四角(正しくは立方体)で、白く(正しくは白い薄皮)、表面はそんなに硬くなかった。中にあんこが入っているところだけが故郷のものと同じであった。しかし、東京のものは冷たくなっており、それを食べる。このきんつばには、「ほかほか」、「アツアツ」、「パリパリ」などの言葉は似合わない。
 小泉教授の記事を契機に、きんつばを調べてみた。
 インターネットの楽天市場の全国の銘菓に登場しているきんつばは東京のものとほとんど同じである。中に栗が入っている栗きんつばもあるが。大判焼きや、私の故郷のようなものはないようである。宅急便では、アツアツのものが食べられない。
 岩波書店『広辞苑』にはきんつばの説明として「水でこねた小麦粉を薄く延ばし、あずきあんを包み刀のつばのように丸く平たくし、・・・。今は、四角にきったあんを、・・・」とある。
 世界大百科事典(日立デジタル平凡社)には、昔のいろいろのきんつばが紹介されている。丸いものも、四角(方形)のものもあった。その中で、江戸から明治まで有名だった「土手の金鍔」は円形で・・・とある。この辞典では、大判焼き(今川焼き)はきんつばにヒントを得て考案されたとある。
 小泉教授や私の記憶から、何年か前まで、丸い大判焼きのようなきんつばが幾つかの地域で製造・販売されていたことは事実である。ひょっとしたら、このきんつばは今は製造・販売されていないのかもしれない。

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