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2006年5月25日 (木)

日銀総裁の誤発言と株価の急落

 23日の株価は急落した。日経平均でみると258円67銭安の15599円20銭へと急落している。この急落の大部分は日銀総裁の誤発言(ごはつげん)によってもたらされた。あえて、このように指摘する。日銀総裁という立場からは考えられないような誤発言をされたからである。
 福井総裁は22日に日本経済新聞記者と会見し、その内容が23日の同朝刊1面に大きく取り上げられている。その会見の要旨が同7面の掲載されている。株式にかかわる箇所のみ抜粋する。
  ――最近の株式市場の不安定な動きをどうみるか。
  ・・「昨年来、日本の株価はPER(株価収益率)からみて、欧米に比べかなり突き出るよ
  うに上がった。それがある程度、調整されているという部分がある。」・・
 福井氏の発言はPERをあまりに短絡的に捉えたものである。PERは「株価」を「1株当たりの税引き利益」で割り算した値である。福井氏は後者の「1株当たりの税引き利益」をキチンと捉えていないのである。
 このことを簡単な例で説明する。ある会社が有望商品の設備投資をする例を考える。A案は、この投資を全額自己資本、つまり株式発行によってまかなう場合である。B案は、この投資の全額を長期借入金でまかなう場合である。この有望商品が収益を生むようになる時点では次のような結果となろう。「1株当たりの税引き利益」はA案の方がB案より低いから、その銘柄のPERはA案を実行した場合の方がB案を実行した場合よりも高くなる。
 このように、相対的に長期借入金の大きな会社・銘柄のPERは小さくなりがちなのである。つまり、PERは単独で比較しても意味をなさないのである。それゆえに、福井総裁の発言『日本の株価はPERからみて、欧米に比べかなり突き出るように上がった』は誤りである。ここには、日本企業の自己資本比率や長期借入金の水準が考慮されていないのである。このような単純なことは、福井総裁は当然ご存知のはずである。
 ここ数年間、わが国の企業は3つの過剰(人員、設備、借入金)の解消に努めてきた。その結果として、企業の長期借入金は小さくなっている。そして金利上昇が視界に入ってきた昨年あたりから、企業は借入金をさらに抑制しょうとしている。資金調達の借入金から株式発行へのシフトはまだ少ないようであるが、徐々に増加するであろう。このような状況下では、他の事情が同じなら、日本企業の株式のPERは少しずつ上昇していくであろう。
 私は、以前のブログ(4月8日)で、「今後の日銀政策は、株価下落を引き起こすとしても、それを最小にとどめようとする努力が求められる」と書いた。福井総裁の誤発言は、このことを無視している。最近、米国FRB新議長バーナンキ氏は、彼の発言を材料に株式市場が乱高下したことについて、「私の判断ミスだ」と認めた(日経、24日夕刊)。福井総裁も、このバーナンキ騒動を教訓とすべきである。

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2006年5月19日 (金)

貧民資本主義、あるいは小銭資本主義

 前回の賎民資本主義の続編です。先日、インターネットの株式画面で貧民(ひんみん)資本主義、あるいは小銭(こぜに)資本主義―英語でpenny-capitalismと表現する場合もある―とも呼べる「ケナゲナ営利活動」、「セコイ営利活動」を観察することができました。以下、その観察に基づく私の見方などを記しておきます。
 私が持っていた東証1部上場のある銘柄の取引である。その銘柄の1株当たりの価格は1200円前後であり、取引単位は100株であつた。その銘柄が3連騰を続けた日であった。その連騰に興味を持って、取引経過のインターネット画面をしばらく眺めていた。その結果は次の通りであった。(この株式の出来高は普段よりも大きくなっているが、それでも新日鉄や住友金属などに比べると取引単位でみた出来高は約10分の1程度とかなり少ない。)
  ◎ 株価はプラス・マイナス1円の変動が圧倒的に多く、同2円、同3円などもみら
   れた。
  ◎ 取引高は100株がもっとも多く、次いで200株で、これらが8割程度を占めてい
   た。
  ◎ 大体10秒に1回の割合で取引が成立していた。
 この結果から、この銘柄の典型的な売買は次のようになる。まず100株(12万円前後)を買う。そして、株価が1円上昇したところで、それを売る。それゆえに、もつともうまくいくと約20秒で100円の儲けとなる。(信用売買をすれば、売り・買いの順序で1円の下落で同様の儲けとなる。)
 この種の売買では、百戦百勝はできない。良くても13勝3敗程度である。たがら売り買いを合わせて32回やると、100円×10回=1000円の儲けとなる。多分、売りや買いを入れるために要する平均所要時間は1分程度だと思える。(買いから入った場合は、株価が1円上昇するまで売りを手控える。売りから入った場合は、同1円低下するまで買いを手控える。そして、次の売買の機会を待つ。) そうすると約30分で1000円の儲け、約1時間で2000円の儲けとなる。この時の東証の取引時間は4時間であったから、1日で約8000円の儲けとなる。売買金額を考えると、1日の定額手数料は3000円を超える。それゆえに、この場合の差し引き収益は5000円を下回る。このように100円の儲けを積み重ねて差し引き5000円の収益に至る過程は、私の株式売買の経験からいうと、3K(キガヌケナイ、キツイ、キケン)労働以上です。かつてのホリエモンや村上ファンドの儲けに比べると、あまりにもケナゲで、セコイと思いませんか。
 上記の小銭を稼ぐ活動も資本主義の範疇に含まれます。それゆえに、これらの営利活動を貧民資本主義、あるいは小銭資本主義と呼びます。昔、大阪のオバチャンたちがやっていた「タバコのばら売り(1箱を開け、その中の1本ずつを販売する)」や「鉄道などの回数券のばら売り(11枚つづりで売られている回数券を買い、それを1枚ずつ売る)」などを想起させます(ただし、これらの営利活動は大阪以外のオバチャンたちもやっていたようです)。上記の株式売買もどこかのオバチャンがやっているのであろうか。オバチャンがパソコンを操作しているのでしょうか。
 われわれの社会の健全性を維持していく上で、これらの貧民・小銭資本主義とも言える営利活動も、前回述べた貴民資本主義とともに、大切です。もちろん賎民資本主義も大切です。問題は、貧民、貴民、賎民の構成割合である。貧民が多すぎると、社会はせせこましく騒がしくなるであろう。賎民が多すぎると、社会はギスギスしたものとなる。貴民が多すぎると、社会には尊大な風潮がはびこるであろう。

追記:賎民について
 ライブドアがフジテレビの株式を大量に取得した後の時期に、多くのブログで賎民資本主義という言葉が氾濫していた。これらのほとんどは、大塚久雄氏のM.ウェーバー解釈に依存した言葉遣いのようであった。私の前回のブログは、この大塚解釈を拡張している。
 なおM.ウェーバーはその著『古代ユダヤ教』の中で、ユダヤ人をパーリア(賎民)と呼んでいる。(そこからの類推で、彼の『資本主義の精神』でもパーリア=ユダヤ人と理解されている。) 私は、学者としてのウェーバーの態度を批判したい。もっと価値中立的な用語を用いるべきだと思う(痴呆症を認知症と呼び変えたように)。ウェーバーの言葉使いと、ナチスによるユダヤ人虐殺が無関係であるのであろうか。識者の助言を待ちたい。

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2006年5月 4日 (木)

賎民資本主義、あるいは村上ファンド

 現在の日本は賎民(せんみん)資本主義の時代といえる。以下。この点を述べてみたい。
 ここでは、「賎民資本主義」という言葉をM.ウェーバーのParia-KapitalismusのParia(英語ではpariah)を強調して解釈している。(ウェーバーは、社会的なモラルを超えて営利を追及する人たちに対して、彼らは社会的に低い評価を受けるがゆえに、賎民という用語を用いている。) すなわち、金をもうけるためなら何をしてもよい、法を犯してさえよいという考え方が浸透している社会をさす言葉、あるいはそのような行為をする人(賎民)が突出している社会をさす言葉として用いている。われわれの社会は、徐々にこのような社会に移行しているようである。
 特に中国や韓国からの入国者、とりわけ前者に、このような行為が多くみられる。彼らの金をもうける行為や、金を簒奪する犯罪行為は、一般の日本人から見ると度を越している。彼らの行為や考え方が日本人に影響を及ぼしつつある。住みよい社会を維持するためには、残念ではあるが、何らかの手段で彼らの入国を阻止しなければならない。(ついでにいうと、日本政府は中国政府に前記の点を強く非難することも大切である。そして、在日中国人の犯罪の多発を外交カードとして有効に使うべきであろう。また日本政府は韓国政府に対して、竹島問題に絡めて韓国スリ団の凶暴性を指摘すべきである。)
 もちろん、日本人のなかでも賎民資本主義は浸透している。それでも、日本国民の場合は「法の下での賎民資本主義」、より正確にいうと「法の抜け穴を付く賎民資本主義」である。入獄以前のホリエモンは、自身では「法の抜け穴を付く賎民」であると思っていたであろう(出獄以後の彼は変わるであろうか)。ハゲタカファンドと軽蔑された外国の在日ファンド関係者も「法の抜け穴を付く賎民」が多い。もちろん村上ファンドも賎民資本主義の実行者である。
 それにしても、阪神電鉄株に対する村上氏の行き方は度を越していると思う。賎民である村上氏は自身の行為が度を越しているという自覚はないであろう。彼の発言『コールドマン・タイガースになっても仕方がない』は、多くのタイガースファンの怒りをかったであろう。阪急に、その提示価格で株式を譲渡しても村上氏は十分過ぎるほどの利益が得られる。それなのに、まだ利益が足りないといっている。
 賎民資本主義を阻止するためには、賎民とみられる人たちや賎民行為に励む組織に対する社会からの批判が大切である。私たちは、機会をとらえて、賎民・賎民組織を批判していかなければならないと思う。法というものはどうしても抜け穴が存在する。それゆえに、法の抜け穴を付くような行為をする人や組織は存在する。これらの人や組織には「日の当たる道」を歩いてほしくない。現在の村上氏は日の当たる道をどうどうと歩いている。(国税当局、証券・金融監視当局などは村上ファンドに目をつけていないのであろうか。たたけばホコリが出ると思うが。当局には、「奴らを高く吊るせ」という言葉を念頭に監視の目を光らせてほしい。)
 賎民資本主義の対極にあるのが「貴民(きみん)資本主義」である。ここでいう貴民とは、ノーブレス・オーブリッジnoblesse oblige (高貴な身分に伴う徳義上の義務)を積極的に負うような人を指す。この貴民が数多く存在している社会は貴民資本主義と呼ぶことができよう。われわれの社会に果たしてどれくらいの数の貴民が存在しているのであろうか。
 高級官僚であった村上氏はノーブレス・オーブリッジという言葉を知っているはずである。彼の場合は、この言葉は「馬の耳に念仏」程度にしか響かなかったのであろう。

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