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2006年5月 4日 (木)

賎民資本主義、あるいは村上ファンド

 現在の日本は賎民(せんみん)資本主義の時代といえる。以下。この点を述べてみたい。
 ここでは、「賎民資本主義」という言葉をM.ウェーバーのParia-KapitalismusのParia(英語ではpariah)を強調して解釈している。(ウェーバーは、社会的なモラルを超えて営利を追及する人たちに対して、彼らは社会的に低い評価を受けるがゆえに、賎民という用語を用いている。) すなわち、金をもうけるためなら何をしてもよい、法を犯してさえよいという考え方が浸透している社会をさす言葉、あるいはそのような行為をする人(賎民)が突出している社会をさす言葉として用いている。われわれの社会は、徐々にこのような社会に移行しているようである。
 特に中国や韓国からの入国者、とりわけ前者に、このような行為が多くみられる。彼らの金をもうける行為や、金を簒奪する犯罪行為は、一般の日本人から見ると度を越している。彼らの行為や考え方が日本人に影響を及ぼしつつある。住みよい社会を維持するためには、残念ではあるが、何らかの手段で彼らの入国を阻止しなければならない。(ついでにいうと、日本政府は中国政府に前記の点を強く非難することも大切である。そして、在日中国人の犯罪の多発を外交カードとして有効に使うべきであろう。また日本政府は韓国政府に対して、竹島問題に絡めて韓国スリ団の凶暴性を指摘すべきである。)
 もちろん、日本人のなかでも賎民資本主義は浸透している。それでも、日本国民の場合は「法の下での賎民資本主義」、より正確にいうと「法の抜け穴を付く賎民資本主義」である。入獄以前のホリエモンは、自身では「法の抜け穴を付く賎民」であると思っていたであろう(出獄以後の彼は変わるであろうか)。ハゲタカファンドと軽蔑された外国の在日ファンド関係者も「法の抜け穴を付く賎民」が多い。もちろん村上ファンドも賎民資本主義の実行者である。
 それにしても、阪神電鉄株に対する村上氏の行き方は度を越していると思う。賎民である村上氏は自身の行為が度を越しているという自覚はないであろう。彼の発言『コールドマン・タイガースになっても仕方がない』は、多くのタイガースファンの怒りをかったであろう。阪急に、その提示価格で株式を譲渡しても村上氏は十分過ぎるほどの利益が得られる。それなのに、まだ利益が足りないといっている。
 賎民資本主義を阻止するためには、賎民とみられる人たちや賎民行為に励む組織に対する社会からの批判が大切である。私たちは、機会をとらえて、賎民・賎民組織を批判していかなければならないと思う。法というものはどうしても抜け穴が存在する。それゆえに、法の抜け穴を付くような行為をする人や組織は存在する。これらの人や組織には「日の当たる道」を歩いてほしくない。現在の村上氏は日の当たる道をどうどうと歩いている。(国税当局、証券・金融監視当局などは村上ファンドに目をつけていないのであろうか。たたけばホコリが出ると思うが。当局には、「奴らを高く吊るせ」という言葉を念頭に監視の目を光らせてほしい。)
 賎民資本主義の対極にあるのが「貴民(きみん)資本主義」である。ここでいう貴民とは、ノーブレス・オーブリッジnoblesse oblige (高貴な身分に伴う徳義上の義務)を積極的に負うような人を指す。この貴民が数多く存在している社会は貴民資本主義と呼ぶことができよう。われわれの社会に果たしてどれくらいの数の貴民が存在しているのであろうか。
 高級官僚であった村上氏はノーブレス・オーブリッジという言葉を知っているはずである。彼の場合は、この言葉は「馬の耳に念仏」程度にしか響かなかったのであろう。

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» ただいま〜 [ミカ]
今日は高校の時の友達(マイ、山ちゃん、ちあき、淳君、さとし)とカラオケ行って来ました(^▽^喜)結構歌ったからのどが痛いってば〜 [続きを読む]

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