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2006年6月24日 (土)

も餓鬼道を行く日銀福井総裁

 日銀の福井総裁の財テクの一端が明らかになった。福井総裁の村上ファンドへの投資持分と保有株式の時価総額が20日公開された。これらをみて気づくことは、これらの資産が福井氏が日銀総裁に就任した03年3月以降に急騰していることである。(もちろん、この期間には多くの株式価格がかなり大きく上昇している。これにより、チンケな投資家である私自身も利益を上げている。) この期間に、日銀は株式価格の上昇に結びつくさまざまな施策を実施したはずである。結果として、その施策が福井総裁の資産を大きく増加させたことになる。
 福井総裁が、村上ファンドを解約しなかった理由は「若い人を支援する志」を断てなかったことだという。それでは福井氏に問う。どんな考えや行き方をする若い人でも福井氏は支援するのであろうか。公序良俗に反するような若い人でも福井氏は支援するのであろうか。私は、福井氏の最大の誤りは「日銀総裁として、支援すべきでない村上ファンド」を持ち続けたことにあると思う。村上氏のやり方は、福井氏の総裁就任以前に分かっていたはずである(村上氏のやり方などは、6月10日などの当ブログを参照)。村上氏が巨額の利益を上げ、売り抜けた株式の当該会社は、その後どのようになったであろうか。福井氏は、ここへ眼を向けなかったのであろうか。さらに、福井氏が村上ファンドに投資・出資していること、つまり日銀総裁が村上ファンドを支援していること、そしてこの利点を村上氏が利用する可能性があることに気が付かなかったのであろうか。
 国民、国会議員、マスコミなどから、福井氏へ多くの非難・疑問がよせられている。今や、福井氏は針の筵に上にいる。おしりがチクチク痛くて、総裁の職務に没頭できないだろう。もがき苦しんでいるさまは、餓鬼道に落ち込んだ亡者のようである。(餓鬼道に落ち込むのは生前の悪行によるが、福井氏の場合は総裁就任時、あるいは以前のアヤマチによる。) 福井氏自身に残された選択肢は「辞任」か「も餓鬼道(もがきどう)を歩き続ける」かの2つであろう。後者の場合は、総裁としての職責は果たせないであろう。
 日銀総裁が村上ファンドに投資・出資していたこと、それに幾つかの銘柄の株式を保有していたことの理非の判断は、「日銀の内規に照らして」以前の問題だと思う。前回のブログで書いているように、福井氏の行為は「懲戒」に相当する。
 福井氏の日銀総裁としての能力・力量は「余人をもって替え難し」といわれる。そうだからといって、福井氏が総裁職に留まることを許してはならない。本当に優秀な組織とは、そのトッブが誰であろうと本来の職務を果たし続けるものである。日本銀行はそのような組織であろう。例え認知症の総裁を頂いても、日本銀行は立派に職務を果たすと信じている。これまでも、財テクのうまい総裁を頂いていながら日銀は立派?に職務を果たしてきたのではないだろうか(ただし福井氏の件が暴露してみると、立派に疑問符が付く)。
 日銀には自浄能力がないのであろうか。行内から、総裁を「懲戒」にしたり、「追放」したりできないのであろうか。日銀の全職員が、この問題に真剣に向き合ってほしい。そして、全職員が国民の声Voiceに耳を傾けてほしい。

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2006年6月14日 (水)

日銀の福井総裁を懲戒解雇せよ

 日銀の福井総裁が証券取引法違反容疑で逮捕された村上氏が代表を務めていた村上ファンドに投資・出資していたという。民主党は福井総裁の辞任を要求するという。この件に関しては、福井総裁の辞任や更迭はアマイ。私は、福井総裁を即刻「懲戒解雇」にすべきだと思う。当然、退職金も支払わない。
 福井総裁を擁護する日銀や政府関係者に問いたい。少し前に、日銀は大手銀行が抱える大量の株式を肩代わりするように買い入れている。もちろん、この政策の立案実行には福井総裁が大きく関与している。その結果は次のようになろう。株式価格の上昇⇒村上ファンドの保有資産額の上昇⇒福井総裁の利益の上昇。このように自分の利益のために福井氏は中央銀行の総裁職を利用したのである。これを、「下種のかんぐり」でかたずけてはならない。
 福井総裁はファンド投資からの「利益はキャシュアウト(現金化)したことはない」、「得られた利益は確定申告して納税している」という。こんな言い訳で、許されるのであろうか。中央銀行総裁という職の重さを福井氏は自覚していないのであろう。福井氏の行為(村上ファンドの投資を継続している行為)は、日銀総裁として、法律や日銀の内規以前の問題である。日銀総裁就任に当たり、村上ファンドから手を引いておくのが当然のことであろう。
 さらにいえば、かなり早い段階で村上ファンドの黒いうわさをつかんだ金融当局や証券当局の関係者が福井総裁に遠慮して捜査に着手しなかった可能性もある。
 検察当局の村上氏に対する捜査が公正に進められるように、政府(内閣)は即刻に福井氏を懲戒解雇にすべきである。福井氏の行為は「懲戒」が相当する。断じて、辞任や更迭などのアマイ決着ですませてはならない。

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2006年6月10日 (土)

村上氏の逮捕、あるいはVoice罵声とExit退場

 村上氏がインサイダー取引容疑で逮捕された。彼は、逮捕前に自ら設定した記者会見で、彼の行為は単なるミステークであったと表明した。しかし、その後に検察筋から漏れてくる情報によると、彼の行為は単なるミステークを越えて「法の完全なる逸脱」であるという。村上ファンドの活動をExitとVoiceという軸で捉えると新しいことが見えてくる。
 A. O. ハーシュマンの著書Exit, Voice, Loyalty (三浦訳『組織社会の論理構造』ミネルヴァ書房、1975年)には大変興味深いことが書かれている。(もっとも、ハーシュマンの著書はどれも面白い。) 以下、この書で示されているExit(訳書では退出、ここでは退場)とVoice(訳書では告発、ここでは罵声や意見)を用いて村上ファンドの活動や株式市場を考えてみる。
 ハーシュマンによると、通常の世界では「Exit退場」と「Voice罵声・意見」が代替的に作用するという。つまり、どちらか一方のみが機能するという。そして、通常は後者が優先する。例えばソニーの液晶テレビの購入者を考えてみる。この液晶テレビに不具合が発生した場合、購入者はまず初めに販売店やソニーにその旨を口頭で伝えしかるべき措置をとるように依頼する。これがVoice(この場合、告発や意見がよい)である。適切な処置がとられれば、そこで問題は解決する。もしこの処置が購入者からみて満足がいかない場合には、次の買い替えの機会にその人はソニー製品を選ばなくなるであろう。これが退場Exit(ソニー液晶テレビ市場からの退場)である。
 液晶テレビに替えて、株式を購入する場合を考えてみる。遊休不動産や現金・預金が過剰でありながら、配当も少ない銘柄を取り上げる。例えば、村上ファンドの購入以前の阪神電鉄株である。
 一般の個人の場合は次のようになる。土地を有効に活用すればもっと業績が向上し株価も上がると思って阪神電鉄株を購入した。しかし、自分の想定したように阪神電鉄の経営陣は活動せずに、依然として阪神株価は低迷していた。この状況下で、個人株主は株主総会でそのことで経営陣に罵声Voiceを浴びせることはできない、あるいは罵声を浴びせても有効なものとはならない。それゆえに阪神の株価は以前のままで推移している。その結果、失望した個人株主のとりうる選択肢は阪神株の売却、つまり退場Exitだけとなる。
 村上ファンドなどのアクティビィストファンドの場合は次のようになる(個人でも、資金量が豊富で大量に阪神株を保持している株主も含む)。同じ状況下の株主総会では、村上氏などは経営陣の無能・無策に対して声を荒げて非難するであろう(今回の件では、村上ファンドは経営陣の更迭を提案している)。つまり経営陣に有効な罵声を浴びせることができるのである。その結果として、経営陣は配当金を増額するなど株価が上昇する何らかの方策を実行せざるを得なくなる。株価が上昇したところで、彼らは退場、つまり株式売却となる。
 両者の間では、株主総会で経営陣に対して有効な罵声を浴びせられるかどうかが決定的に異なっている。その結果として、個人株主は株価上昇という果実を入手できないのに対して、村上ファンドなどは株価上昇という果実を入手できるのである。端的にいえば活用できる資金量の違いで、Voiceが有効に機能したり、機能しなくなるのである。
 このような不公平は経済の常態なのである。経済活動というものは「金権的・金持ち優遇的plutocratic」に働き、決して「民主的democratic」には働かないのである。それでも、株式市場で個人株主のVoiceを有効に機能させる方策はある。簡単にその一例を述べておく。
 NPOのような何らかの組織、例えば「投資家の声」という組織を立ち上げたとしよう。この組織に対して、個人株主は株主総会の議決権を委託するのである。もし多くの個人株主の意向が一致し、その議決権の数が多数となれば、「投資家の声」の株主総会におけるVoiceは有効なものとなろう。個人株主は団結すれば、そのVoiceを有効なものとすることができるのである。(ただし、その実現はかなり難しいであろう。)
 最近では、企業が個人株主を大事にする風潮が強まっている。個人株主を大事にする方策は配当や株主優待だけではない。個人株主のVoice(この場合は、罵声というよりも意見)を積極的に汲み取り、それに的確に対応することも有効な方策である。
 東証も個人株主を増大させようとするならば、個人株主の個々の企業に対するVoice(意見)を収集する部門を立ち上げることが必要であろう。この部門は、それらのVoiceを集約して該当企業に伝えるという役割を担う。もちろん、集約されたVoiceに対する企業の反応などは東証が公表する。
 私の意見では、インターネット社会では「Voiceの収集とそれへの対応」がより重要度を増してくるであろう。小泉内閣メールマガジンは、この面でかなりの先進性を持ったものと評価できる。(国民は、日本国民であることを放棄すること、つまり日本国民から退場できない。このような状況下では、ハーシュマンはVoiceがより重要になるといっている。)

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2006年6月 3日 (土)

さまよえる株式市場、それに村上氏

 株式市場がさえない。日経平均は乱高下しながら逓減し続けている。ジャスダック、マザーズ、ヘラクレスなどの新興市場はみるも無残な姿となっている。この最大の理由としては、日銀のジャブ・ジャブ政策の解消があげられるであろう(日銀は、ジャブ・ジャブ供給したマネーがどのような使われ方をしたか調査し、それを公表すべきである)。
 このような株式市場に直面している多くの個人投資家は含み損を抱えているか、既に損失を確定しているか、あるいはその両方であろう。私は、このような株式市場の推移から多くの個人投資家は教訓を得ていると思う。以下、私の教訓を述べておく。過去のブログに記載した私の投資方針も参照して下さい(11月25日、05年)。
 まずジャスダックなどの新興市場株について。これらの新興市場株はリスクが高いものと認識し、私の投資スタンスではギャンブル株として位置づけている。現在の低迷をみると、やはりこれらの市場のリスクは高いという認識を強めた。私は、ジャスダックのA銘柄を保有している。これは、現在1割強の含み損が発生している。ただA社は成長が期待できるので、しばらく保持する方針である。そして、この会社の株主総会にも出席して、その方針の適否を判断しようと思う。
 東証1部上場銘柄について(主体となる投資)。これらの銘柄は2年から3年間保持するつもりで購買している。年間配当利回り(年間配当額÷手数料込みの株式購入金額)が1%以上で、かつ財務面の安全性を重視して銘柄の選択をしている(PERや成長性は3番目にみる)。今年になって若干の銘柄を入れ替え、その結果の配当利回りは2%に近い(この入れ替えの過程で、購入金額の10%程度の利益が発生している)。これらの銘柄は、合計すると、若干の含み益が発生している。現在の株式市場を考えると、少ないながらも含み益が発生しているということは評価できよう。
 以上のような結果から、以下のような教訓を得、かつこれまでの考えを確かめることができた。
 ジャスダック、マザーズ、ヘラクレスなどの新興市場はリスクが高いので、これらの上場銘柄の投資額は全体の10%以下にとどめる。この方針は、以前のそれと同じである。ただし株式投資の妙味を味わうために、ギャンブル投資は続けようと思う。これまでは負け続けているが。(ライブドァの株主で、損害賠償訴訟を起こしている人たちの平均損害額は600万円を超えるという。これらの人たちは、ライブドァ株式の成長面だけを期待し、リスク面を無視していたようである。私のみるところ、訴訟に加わっている多くの個人株主の投資方針が誤っていたようである。何よりも分散投資が重要であり、ハイリスク・ハイリターン株式への資金配分率を大きくしてはならないのである。マスコミ報道などによると、これらの人たちは投資金額のほぼ全額をライブドァ株式に向けていたようである。)
 主体となる投資は東証1部上場銘柄に限定する。今後は、日銀の金利引き上げを見越し、年間配当利回りは2%以上とする(最近になって、優良企業が発行する無担保社債の年利は次のようになった、5年ものは1.5%超、10年物は2.0%超)。その他の基準は同じ。これらの基準を満たす銘柄のみ購買する。そのため、株式投資資金を引き上げることもある。

追記:村上ファンドについて
 村上ファンド代表の村上氏にインサイダー取引の疑いがあり、東京地検特捜部が動き出した。私は以前のブログ(5月4日)に、「度を越している村上氏に対して関係当局は「奴らを高く吊るせ」という言葉を念頭に監視の目を光らせてほしい」と書いた。この特捜部の動きに多くの国民の目が注がれている。多分、結果は?

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