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2006年7月30日 (日)

コンビニエンス・ストアの明日

 コンビニエンス・ストアの不振が続いている。ほとんどの既存店の月別販売額は対前年同月比でマイナスが続いている(前月、6月はタバコの税金引き上げに伴う駆け込み需要のため、プラスとなっている)。この不振の大きな理由は2つ考えられる。1つは、店舗数の増大である。大都市圏では、コンビニは飽和状態にあり、これらの店舗間で食いあいが始まっている状態である。もう1つは、スーパーなどの深夜営業の開始である。これにより、コンビニのほぼ独占状態にあった深夜帯の販売額が減少している。
 この不振からの脱却策はあるのであろうか。やはり2つ考えられる。
 1つの策は、ローソンが始めているような、店舗形態の改革である。ローソンは、既存店の他に、主として女性客狙いの「ナチュラル・ローソン」と、生鮮食品100円ショップの「ローソンストア100」のビジネスモデルを開発した。そして、これらの3形態の店舗の他に、3形態の内の2つないし3つを融合した店舗を展開するという。これに加えて、高齢者に優しい形態の店舗の開発も進めている(これはセブン・イレブンやその他のコンビニも始めている)。これは、既存店の飽和に対する対策として有効であろう。つまり新しい市場が開拓できる。
 もう1つの策は、コンビニエンス・ストア独自の流行商品の開発・創造である。季節毎に、100円から300円程度の菓子類、アイスキャンデイ類、サンドイッチなどから流行商品を開発・創造するのである。例えば現在の夏物では、睡眠不足対策や覚醒作用を持つ食品を開発・創造するのである。「コーヒー入りのチョコ(冷凍されたチョコの中に液体のコーヒーが入っている)」、「ハッカ入りアイスキャンデイ」、「眠気覚ましハッカクリーム(眼の周りに塗ると、眠気が取れる)」、「10分位の間、冷気が出てくる缶詰」などである。もちろん、これらに流行の要件を満たすような工夫もしなければならない(この点については、昨年の8月12日の当ブログも参照)。
 この策で大切なことは、季節毎の流行を追及するということの他に、来店者に「こんな商品がある」、「この商品は何だろう」などという驚きや楽しさを提供することである。ある面で100円ショップの店内を見て回る時に味わう驚きや楽しさに類似している。現在のコンビニには、店内をみて回る時の楽しさや驚きがない。だから、時間つぶしにコンビニ店内を歩くという人はほとんどいない。これへの対策でもあり、来店客数増加につながるであろう。そして、客単価の向上にもつながるかもしれない。
 コンビニは現状のビジネスモデルのまま拡大することが難しい時期に来ている。早晩、何らかの対策が必要となる。その鍵は、いかにして①新市場の開拓、②来店客の増加、③客単価の向上を図るかということである。これらに対して、上記の2つは有効だと思う。

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2006年7月22日 (土)

8月15日の靖国参拝

 今年の8月15日に、小泉総理が靖国神社を参拝するであろうといわれている。しかも、この確度は高いともいわれている。はたしてそうであろうか。
 私は、当日参拝するとしても、日中ではないと思う。朝方か夕方ではないであろうか。小泉総理は、大好きな映画のゲーリー・クーパーよろしくhigh noon (正午、映画の邦訳名は「真昼の決闘」)に靖国に出向くとは思えない。総理の信念で8月15日に靖国に出向くのであれば堂々とhigh noon頃に参拝すべきであろう。
 総理の靖国参拝が引き起こすマイナスの影響度は次のようになろう。影響度の大きい順に記述。
◎ 8月15日のhigh noon頃に参拝
 この場合は、中国、韓国などから大きな非難が寄せられる。その結果として、安倍氏の次期総理の目は小さくなるであろう。福田氏が立候補しないので、非安倍氏の一本化次第である。高村氏あたりが手を上げると面白いだろう。(ただしこのケースは、昭和天皇の靖国発言メモが公表されたので、確率が低い。)
◎ 8月15日の朝方や夕方にコソコソと参拝
 この場合は、中国や韓国の非難は大きくても、それなりにカッコウはつくであろう。その結果として、次期総理が誰になるかの推察は難しい。安倍氏がやや優勢。
◎ 8月15日以外に参拝
 この場合は、現在の日中、日韓関係が継続する。つまり、2つの国とわが国の関係は政冷経熱が続くことになる。この場合の次期総理は安倍氏で決まりであろう。
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 私は、残りの任期中の小泉総理の靖国参拝には反対である。小泉総理が主張するように、彼の場合は「靖国参拝は心の問題」ではない。総理という立場では、心の問題にも制約があるからである。また、外交は外形的要素が大切であるからでもある。以前の当ブログ(3月10日)で、リルケのいう「眼の仕事」と「心の仕事」にふれ、外交では「眼の仕事」が重要視されると述べた。
 私のみるところ、小泉総理は内政では一貫して「眼の仕事」を重要視してきたと思う。その半面で、「心の仕事」をおろそかにしてきたと思う。この点については、医療費や税金負担の急増に対する高齢者の嘆きを想起されたい。

追記:来年の参議院選挙では、自民党は誰が総理であろうとも、民主党に負けるであろう。高齢者や弱者切捨て政策という小泉総理のツケが次期総理に回ってくるからである。ひょっとすると、公明党は選挙前に連立から離脱するかもしれない。健全な2大政党制の成立のために、民主党の小沢氏へ期待しています。(ただし、小沢氏は心の底から変わらなければならない。)

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2006年7月16日 (日)

ゼロ金利解除と株式市場

 日銀がゼロ金利を解除した。金融正常化に向けたささやかな一歩であるが、極めて喜ばしいことである。そもそもゼロ金利の存在自体がおかしいのである。それでも、誘導目標とする短期金利が0.25%で満足してもらっては困る。日銀は、この金利をなるべき早急に1%前後に引き上げるべきであろう。これに伴い公定歩合(補完貸付制度の基準金利)も0.1%から0.4%へと引き上げられた。どうして、この水準(0.25%と0.40%)に設定したかという日銀からの説明は不十分である。短期金利が、銀行の預金金利並みの0.001%ではまずいのであろうか(私はまずいと思う)。
 わが国の経済が巡航速度で成長していくためには短期金利と公定歩合がどの程度の水準であればよいのであろうか。日銀に要求したいことは、この点について日銀なりの見解を早急の表明することである。(あるいは、日銀がインフレ目標値を設定し、それを公表することでもよい。) もちろん、それなりの根拠に基づく見解である。それに対して、各界の人たちの見解・反論なりが提出されるであろう。これらの論争を通して、日銀の金融政策の透明性が向上していくであろう。日本銀行の密室内で決定される現状のような金融政策では国民の支持を得られにくいであろう。
 一方、株式市場はゼロ金利解除につられるように大きく下落した。この下落は、多くの人たちが指摘するように、この解除とは関係がないと思う。お騒がせな北朝鮮、イスラエルの中東情勢などの地政学的リスクの影響の方が大きいと思う。それに加えて、仕掛家(しかけや、さまざまな手段を用いて株式市場で営利を追求するヤカラ達)の存在が大きいと思われる。
 私は、このところの株式相場の乱高下は仕掛家の仕業とにらんでいる。これには、個人投資家の取引ウエイトの低下もからんでいる。個人投資家の取引ウエイトが大きければ、株式市場は仕掛家の思うとおりに推移しないであろう。個人投資家の現状、それに無能に近い日本の機関投資家などを考慮すると、今しばらくは仕掛家の天下が続くであろう。それゆえに、日経平均の乱高下はもう少し続くであろう。私は、このようにみている。
 それにしても、日銀福井総裁の辞任・懲戒はどうなったのであろうか。福井氏の金融政策遂行能力は評価できる。また、市場との対話姿勢も評価できる。それと、村上ファンド問題は別次元のことである。

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2006年7月 9日 (日)

賎民を総裁に頂く日本銀行

 日本銀行役員の投資を制限する内部規定改正の答申が出された。この新規定に照らせば、福井総裁の村上ファンドへの出資はもちろん懲戒に値する。日銀当局は、過去の規定では福井総裁の行為は問題がないという。この釈明は、私には納得がいかない。中央銀行たる日本銀行の総裁には、人よりも高い規範が求められると思う。日銀総裁はいささかでもやましい行為をしてはならないと思う。私は、何度か福井総裁を懲戒解雇にすることを提案した(6月4日や24日の当ブログ参照)。
 7日付けの読売新聞では、ノーブレス・オーブリッジ(高貴な身分伴う徳義上の責任)にふれて、福井氏の行為を非難している。私も同感である。日銀総裁にはノーブレス・オーブリッジが求められると思う。そうであるからこそ、国民は日銀総裁、あるいは日銀そのものを信頼するのである。日銀総裁は実務に精通しているだけではいけないのである。
 福井総裁の弁明を聞いていると、彼はノーブレス・オーブリッジを重んじる貴民(きみん)ではなく金儲けのみを追及する賎民(せんみん)としかいいようがない。(貴民や賎民については、5月4日の当ブログを参照してください。) 私たち国民は、日本銀行総裁職を賎民にゆだねることはできない。
 日銀の役員・行員の皆さんは国民の声Voiceをまじめに聞いているのであろうか。日銀の役員・行員の皆さんは国民とコミュケーションcommunicationをとろうとしないのであろうか。「コミュケーションをとらないこと」をエクスコミュケーションexcommunicationという。この言葉には、追放、破門、除名という意味もある。日銀の役員・行員の皆さん、福井氏を総裁職から追放してください。

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2006年7月 1日 (土)

明日の将棋、電脳に負けそうな頭脳への応援

 日本将棋連盟が「将棋脳」の解明をめざすという。これは、「将棋では、おそらく頭脳が電脳に負けるのではないか」と連盟が危惧していることの表れではないだろうか。当ブログでも、将棋脳、囲碁脳、そろばん脳などにふれ、それらと電脳との関係も述べた(2月11日、18日、25日)。
 前記の当ブログの中の「頭脳とコンピュータ・ソフト」で、将棋ソフトは極めて強いが囲碁ソフトは格段に弱いと述べた。チエスの世界チャンピオンもスパコンに負ける時代になった。このような状況下で、将棋の名人もやがてスパコン、あるいはパソコンに負けるであろうといわれている。それも、かなり近い将来と予想されている。私もそのように思っている。頭脳が電脳に負けるのをみるのは悔しいので、日本将棋連盟の代わりに、私が負けない対策を考えた。米永会長、参考にしてください。
 電脳の弱点は直観や図形処理にある。この分野では、頭脳の電脳への優位性は当分揺らぐことはないと思う。それは、囲碁ソフトを利用すると直ちに理解できると思う。そこで、将棋の囲碁化を図る。それは極めて簡単である。
 将棋の駒の機能・働きなどやルールはそのまま維持し、駒のみ色付けするのである。例えば王将は金色、飛車は青色、香車は茶色などである。そして、成り駒には斜線を加えるのである。駒の向きのためには、前方に印をつけるなり、前方の一端を少し削る。駒の形は四角形で、なるべく将棋版の枠一杯の大きさになる方がよい。駒のない所の枠は白色でうずめる。対策は、これだけでよい。この時、将棋の棋譜はパッチワークのようにみえるであろう。以下、このような将棋を「画像化された将棋」と呼ぶ。
 このように画像化された将棋は、これまでの将棋を一変するであろう。経験さえ積めば、棋譜や駒組みが画像・映像として捉えられるからである。それゆえに、直観や画像認識力に優れた人は棋譜や駒組みを一瞬にして把握できるであろう。相手の王将の詰みへの手順も、走馬灯のように一連の画像として頭に浮かぶであろう。
 例えば、アナグマの駒組みの場合を想定してみる。標準的な駒組みは○○の模様をしており、最強の駒組みは△△の模様をしており、・・・などとなる。その模様(これらの模様は棋士が記憶している)との比較で、相手陣の駒組みが「黄色となっているところが茶色になっている」、「赤色となるべきところが灰色となっている」などと瞬時に判断できるであろう。それゆえに、相手陣のアナグマの弱点や強点なども瞬時に発見できるであろう。もし弱点ならば、そこを付けばよい。もし強点ならば、そこを崩すことを考えればよい。そうすると、数手先までの手順が一連の画像として頭脳に浮かぶであろう。
 現在の囲碁と将棋のプロ棋士高段者間では、短時間で読める手数に大きな隔たりがある。もちろん囲碁の方の手数がはるかに多い。画像化された将棋では、修練しだいで、人は短時間で読める手数が今よりもはるかに多くなるであろう。それゆえに画像化された将棋では、人間は現在よりももっと強くなるはずである。
 画像化された将棋に強くなる条件も変わってくる。今よりも、直観力や画像認識力が強く要求されるであろう。要求される論理処理能力は今より弱くなるかもしれない。このような条件を満たした画像化された将棋の高段者は電脳に負けないであろう。
 ただ残念なことに、直観型処理が比較的苦手な人(私もそう)は将棋が一層弱くなるであろう。もちろん現在の高段者が、画像化された将棋の世界でも強いとは限らない。ひょっとしたら、羽生さんも米永会長もアマチュアにコロコロ負けるかもしれない。

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