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2006年10月 7日 (土)

博士の愛した変な数式

 しばらく前に、遅ればせながらも小川洋子『博士の愛した数式』を読んだ。著者の小川氏が「数学を勉強したな」と思えるところが随所に見られ、それなりに面白かった。しかし、少し奇異に感じたところがあったので記述しておく。これは、数学研究者や数理科学の研究者には見過ごしてはいけないところだと思う。しかし、以下は文学としての評価とはいっさい関係がない。
 本文の中で「美しい数式」として表記されている次の式①がある。活字の関係で、本文の表記と少し異なる。下記のexp(x)はe(ネイピア数で2.71828…)のx乗を表し、pはギリシャ文字のパイ(円周率で3.14…)を表し、iは虚数単位でi×i=-1となる。
 ①   exp(pi) + 1 = 0
これは下記の②式と表記すべきものである。
 ②   exp(ip) = -1
 上記の2つの式を比べると、2つの点で異なる。これが大事な差異なのである。まず初めは虚数の書き方である。ある変数xと虚数単位iの積は、通常は「ix」と記述し、①式のように「xi」とは記述しない。ただし数字と虚数単位の積は「2i」や「5i」などと記述する。例えば、本文でも文章でのみ述べられているオイラーの公式は次のように記述する(岩波書店『岩波数学辞典』による)。
  ③      exp(iy) = cos y + i sin y
ある程度以上に数学を学習した者ならばこの点にすぐに気が付き、上記①式の「pi」という表記に違和感を持つであろう。
 もうひとつの点は、②式と表記しないで①式と表記したことである。これらはオイラーの公式③から導かれる値で、yが特殊の値をとる時に、③式の右辺は簡潔な値をとる。③式のyがp(パイ)の時に、右辺の各項は次のようになる。
     cos p = -1と sin p = 0
これより②式が導かれ、それを変形すると①式となる。
 上記の②式の左辺をみた時に、数学の素養のある者はオイラーの公式③を思い浮かべ、そこから直ちに②式の右辺の値が得られるのである。この思考回路、あるいは思考順序が数式に暗黙裡に含まれていることが大事なのである。この点をないがしろにする人たちは数学研究や数理研究で優れた業績を上げることは難しいであろう。
 以上のような理由から、「まっとうな数学者」ならば①式のような記述はしないはすである。例えば小川さんが参考文献にあげている吉田武氏(あるいは同姓同名かもしれません)には『オイラーの贈物―人類の至宝exp(ip) = -1を学ぶ―』海鳴社という著書もある。ここでは、書名に②式が用いられ、さらに本文でも②式が用いられ、それに対して次のように記述されている。「オイラーの公式は、われわれが、その知性により勝ち得たもっとも美しい数学的成果のひとつである(201頁)」、「これは、数学において最も重要な定数であるネイピア数と円周率、さらに、複素数の単位となる1とiが見事に調和結合した印象的な式である(204頁)」。
 新潮文庫の解説は数学者の藤原正彦氏が執筆している。この解説によると、小川氏は藤原氏を訪ね数学について多くの質問をしたとある。この席で、藤原氏は美しい数式として①式を示したのであろうか。私にはそうは思えない。藤原氏は②式を示したはずである。多分、小川氏の感覚からみて、②式よりも①式の方がより美しいと判断したのではないであろうか。

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