ババ抜きゲームと化した原油市場と日銀の責任
先頃ニューヨークの原油先物市場で1バレル100ドルを付けた。原油の実勢価格は高めにみても70ドルから80ドル台であろうから、とんでもない水準になった。市場参加者の多くは、今やババ抜きゲームと化していると自覚しているはずである。ババ(高値)をつかまないように、何時でも市場から逃げられるように半身に構えのはずである。
私のみるところ、このゲームは遅くとも2月ごろまでに終了するであろう。もちろん、誰かがババをつかまされる。
原油で多くの利益を得たヘッジファンドのような市場参加者は次にどこに向かうであろうか。第一の候補は穀物、それも小麦だと思う。第二の候補は非鉄金属であろう。第三の候補は株式であろう。あるいは、ここまで下落した株式が第一の候補になるかもしれない。この結果として、日本の株式も遅くとも3月頃から反転し、上昇基調に入るであろう。
上記の原油市場を演出している背後に過剰流動性の存在が指摘されている。この過剰流動性の元凶のひとつが日銀の低金利政策である。昨年の夏頃の世界同時株安当時は「円の巻き戻し」がその元凶と指摘された。このように世界経済の不安定要素の供給源が日銀であるという自覚が日銀当局にあるであろうか。
日銀が低金利政策解消の為に3条件?を挙げていた。これらの条件はすべて国内の条件であって、国際面の条件はなかった。経済がグローバル化している現在においては、日銀の金利政策に対しても国際的な視点、もっといえば国際協調的な視点が必要なはずである。この国際協調的な視点が欠落しているために、世界経済の幾つかの側面で日銀は害を撒き散らしているのである。私は、この点で日銀を非難したい。
序にいうと、日銀政策会議での多数決原則のアホラシサをあげたい。分かりやすい例として、将棋、あるいは囲碁を取り上げよう。国内のトッププロから10人選抜し、そのうちの1人と残りの9人が戦うものとする。9人の方はすべて多数決で手を決定するものとする。この勝負はどちらが勝つであろうか。ごくまれなケース以外は、1人の方の楽勝となる。9人の手は一貫性がなく、一見してばらばらの手にみえるはずである。ごくまれなケースとは次のようになる。9人のうちの特定の1人に優先権と選択権を与え、通常はその1人が手を選択し、難局時に残り8人の頭脳を借りる場合である。
民主主義の悪い点も、往々にして多数決原則によって導かれる。今度の政府によるバラ撒き予算も、多数決原則から導かれている。
世に「3人寄れば文殊の知恵」というが、それは1人が主体的に取り組み、難事に残りの2人の知恵を借りる場合をいうはずである。3人が常に多数決で何事も決定するようであれば、凡庸な結果に終わる。通常は「3人寄ればサルの知恵」に過ぎない。
日銀政策会議も「○人寄ればサルの知恵」となっていたのであろう。日銀総裁が主体的に議事を進行させ、残りの委員の意見を参考にして政策を決定するようにならなければならないと思う。(もっとも、この多数決原則によって福井総裁は村上ファンド黒い霧事件を乗り切ったのだから、福井氏には好都合であった。)
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