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2016年6月19日 (日)

数学脳と英語脳

 数学脳と英語脳について私の感想を述べたいと思います。
 1900年頃活躍した数学者・物理学者のポアンカレは『科学の価値』の中で数学の歴史に触れて、数学は「直感派」と「論理派」の2つの派によって発展してきたと述べている。そして、2つの派では数学への考え方や数学の対象などが異なると述べていた。2つの派は対立ではなく併存と呼ばれる状況にあったようである(私の感想)。そして前者の代表である人の著作集を読んでみると、そこには数式はほとんど表れずにもっぱら図表を活用して述べていたという。また、後者のある人の著作集では図表は一切使わずにもっぱら数式が活用され述べられていたという。ポアンカレによると前者から後者への転向、あるいは後者から前者への転向はないという。「人は直感派として生まれてくる、あるいは論理派として生まれてくる」という。だから数学脳は2つに区別できる。
 私は、この説明がストンと理解できた。私は高校の数学はほぼ独学で身に着けた。その時の経験でいえば、数学Ⅰ、Ⅱ、Ⅲは教科書を一回読んだだけですべて理解でき、練習問題もすらすら解けた。これに対して、幾何学は、内容は理解できたが、練習問題のほとんどが解けなかつたり、解けてもゲッツンゲッツンであった。それで高校生の頃、幾何学は数学ではないのではないかと思っていた。この経験から、上記のポアンカレの説明が理解できたのである。その後に理論経済学の最先端を学んでいる際に、またこの2つに遭遇した。直感派の経済学はトポロジーや凸解析を用いており、論理派はプログラミングや固有値・固有ベクトルなどを用いていた。この時は、前者の説明は理解できても一向に興味がわかなかつたり、つまらない定理を用いているなと感じていた。後者はフムフムと興味津々で真剣に勉強した。これらの経験から、私は論理派であるなと自覚していた。
 そこで英語脳についてである。英語脳にも、この2つがあるのではないかと思う。私は英語の論文を書くようになって30年以上にもなる。英語の勉強として日本人の執筆による「理科系の英語論文執筆…」(理科系が大事)などの図書はかなり読んだが、どれも簡単に理解でき、しかも記憶に長く残っている。最近では、これらの図書を読みながらも、自分の英語力に優越感すら覚えることもある。
 この過程で、マーク・ピーターセン先生(略歴を読むと、ワシントン大学大学院で日本近代文学を専攻し、その後に正宗白鳥を研究している)の岩波新書『日本人の英語』に始まる一連の日本人英語著作を読んできた。しかも、何回も読み返した。ピーターセン先生は「英語は論理的」であるといっており、その説明は理解できるのですが、一向に記憶に残らない。幾何学での経験と同じです。日本人が言う「英語の論理」は記憶に残るのに、ピーターセン先生の言うそれは雲散霧消します。先生の著作を読むたびに、ある種の敗北感を味わいます。
 それで、英語脳にも数学のように直感派と論理派があるのではないかと想像しています。ピーターセン先生の脳は略歴から推計すると直感派です。それに先生の著作への私の読後感からも直観派です。(初めて先生の『日本人の英語』正・続を読んでいた頃、先生の日本語感覚に驚嘆していました。それで、先生に『奥の細道』を追体験してもらい、先生の紀行文を読んでみたいと思っていました。) 前述の日本人執筆者の英語脳は大半が論理派だと思います。
 少し前に英国の新聞だか何かに、「英語は数学に不向き」という記事がありましたが、内容は忘れました。直感や論理とは無関係に、子供のころ英国人は数学の勉強に苦労するだろうなと思っていましたが。数学を学ぶ上では、日本人は英国人よりはるかに有利です。
 ピーターセン先生が『奥の細道』を解説されたら、その感覚に多くの人が驚くと思います。あるいは、漢詩、特に唐詩に関する著書を執筆されたなら、私のように先生の格付けは直感派になると思います。
 

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